点名「鍋山(455.5m)」から
点名
「大入(245.3m)」

佐野市のピーク狙いで行ったのですが立ち入り禁止区域でした。
次の候補地は少し戻って・・・。


 南から  ↓点名「鍋山」      
 2014年02月26日のお山めぐりは栃木市の地形図無名の三角点峰2座を歩くことにしました。

 前回駐車の永野川に架かる藤沢橋そばの丁字路交差点脇空きスペースに駐車し、10時12分に出発です。丁字路を右へ2分で左側に「藤沢城跡」の案内板、あらあら今日の取り付きの194m標点ピークは何なんだろう。

 南東から取り付く予定が左折して破線路を進み、右上に直登することにしました。雪面に付いた獣道を拾ってジグザグ登り、小笹を分けて山頂には10時37分の到着です。

 南東、南西に下ってみても栃木市史の図面に見るような凹凸はなし、10時50分に撤収で北に向かうと、1分で尾根を分ける一本のV字は深さ約1.2m、左は切れ落ちた斜面、右は植林地ですが道は見えません。(でも一本だけでした。)

  
194m標点ピークへ 藤沢城の案内板 194m標点ピーク北のV字
   

 篠竹と倒木の尾根は水平移動から200mのコブを通過、篠竹と倒木の尾根は急登になって下生えのない植林尾根の登りへ。あらあら右に深みのあるV字ですが、よく見れば右下から登ってくる掘割道でした。道は雪がたまっているので左の尾根状の部分を登り、掘割り道が消滅したところの右上が342m標点ピークでした。

 左にゆるい登りを進んで、389m標点は気づかずに通過、12時04分にやっと本日初の赤テープが現れました。暗い植林地の尾根から黄色杭に騙され、その少し先の開けた地点は30数年前に作られたヘリポートの広場、右端に名板がある山頂には12時26分の到着でした。

 左の木越しに谷倉山、目を凝らしてみればアンテナ塔が目に入ります。右はほんの少し窓があけて西方真名子方面です。頃も良し、エネルギー補給をすることにしました。

  
 (点名)鍋山の名板      右に展望
  

 さて、当初は谷倉山か、戻って389m標点から南西に下る予定、でも奥に明瞭な踏み跡で右に尾根を回ってみることにしました。いったん下って登り返したピークからは北が伐採地で開けて展望が広がっていました。雪は深そうで谷倉山方面はパス、右に下ることにしました。

 野上へ引き込まれそうになるが右への尾根は緩やかに下ります。300m標高付近でいくつかのテープがあり、左下へ方向変換です。緩く登り返して13時47分に274m標点ピークを通過、14時01分その先でGPSでカンニング、左に誘う尾根を振り切って右に下って行きます。その先でゴルフ場の金網2度の尾根は寸断されており、いったん急降下で谷中腹から登り返して210m標高の尾根に復帰します。

 三角点峰点名「大入」に近づくにつれて雪面に獣のほかに人の足跡が出てきます。14時45分のピークは植林地の中で展望皆無でした。

 
右への尾根上は結構な雪   三角点「大入」    
  

 三角点からは南西に下ることにしました。植林尾根から雑木笹薮、墓地入口の道路へ出て左折、道路に出てからは幹線道路を避けて集落の中の舗装路を進みます。背後にさっきの点名「大入」の山なみ、正面に前回歩いた蓬莱山と昔々歩いた三峰山を見ます。

後に三角点峰・点名「大入」   左に蓬莱山  
  

 情報収集しながらと思いましたが、ディサービスの車があるだけで地元の人には会えませんでした。194m標点ピーク下はトラックの多い幹線道路を歩かなければなりません。ここで後悔先に立たずを痛感です。上大久保で旧道へ渡ればねえ。少し進んで左の永野川の土手の道へ退避し、駐車場所には15時40分の到着でした。

 駐車場所(0:25)194m標点ピーク(0:46)342m標点ピーク(0:49)点名「鍋山」(0:53)274m標点ピーク(0:58)点名「大入」(0:23)墓地入口(0:29)駐車場所

 所要時間は5時間28分(歩行4時間43分)、城郭探索のミニ尾根歩きでした。

 参考 国土地理院旧25000分の1地形図「下野大柿」

 
鍋山は北西の三峰山(605m)の別称です。栃木市・大久保・ヘリポートで検索、栃木市のまちづくり懇談会ふれあいトーク(都賀町)の資料からは山名は出てきませんでした。三角点の点名は山名ではありません。当ページでは山名の独り歩きや混同のないように『点名「○○」』と表示しています。

        GPS軌跡図(カシミール3D使用)
   
 この地図の作成に当たっては、国土地理院長の承認を得て、同院発行の数値地図25000(地図画像)及び数値地図 50mメッシュ(標高)を使用した。「承認番号平23情使第678号」   
 この地図を第三者がさらに複製又は使用する場合は国土地理院の長の承認が必要です。

 
栃木市史P749「第五節 中世の城館跡・一・藤沢城」及びP750の地図から194m標点ピークへ行ってみました。同図上の南東の水神様までは下りませんでしたが山頂付近はなーんにもなしでした。同項の「本丸から西南約2kmの小曽戸坂は葛生や唐沢方面が一望のもとに見渡せる連絡道でもあるが、そこには高さ2m8畳敷の烽火台がある。」の記述は・・・。あーあ雪で足が重かったなあ。今日は帰りに前回の峠に再訪予定だったのですが・・・。

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