三岩岳(2065m)

車検が終了し、車の中を整理して、さてどこにしようか?
お手軽会駒は16年ぶりだが、駐車スペースは満員でした。
途中の滝分岐の下まで路駐、さらに車が登ってきます。


 旧道から三岩岳
 2014年07月26日のお山めぐりは15年ぶりの三岩岳にしました。(15年前のレポは巻末へ)

 7時06分のスタート、先行車は2台で右奥から反対側の登山口へ向かいます。スノーシェッド上からの景色は格別、ここならではですね。

 右上に急な金属製の階段を上り、沢沿いに進む登山道の記憶は吹っ飛んでいますが、しぼれは快調、Pさんはゆっくり目でした。

 沢の右岸を登る登山道は途中から左岸へ架け替えられた鉄橋を渡ります。少しづつ沢を離れて高度を上げて行きます。登山道わきには終期を迎えたタマガワホトトギス、咲き始めたヨツバヒヨドリ、途中からほぼ直角に右上に登るようになり、支尾根に出てちょっとへろへろ気味のPさんを見て小休憩です。

 左に少し登って正面に目標のお山を見て右へトラバース気味に小沢をいくつか越えるのは記憶にあります。草付きの斜面で黄色の花はオタカラコウか、その先に小さいものはキンコウカ?そこから約5分の9時15分に先行の男性1名が休憩中の丁字路分岐に到着でした。お山は左上、尾根コースは右です。

  
スノーシェッドの上を   根曲りブナ   オタカラコウかも
   

 左上にゆっくり目に登って行きますが、ここは前回ウシアブにつきまとわれたところですが、やっぱり現れました。新兵器の某社パッチのせいか周りを飛んでいるだけでした。この辺りからPさんの立ち止まりが増えてきました。

 後続の単独行の男性ハイカー2名の後になり、針葉樹が出てくると1700mを越え、足元のゴゼンタチバナの末期の集団、左には再訪の三岩岳も見えますが、11時09分に1730m付近で撤収することにしました。

     
袴越山か      10時56分左に三岩岳
  

 分岐から尾根コースを下ることにしました。少しだけ登り返しがありますがキタゴヨウ、ブナの登山道は明瞭です。ブナには「熊狩り」の切り付け文字、2度の急降下はちょっと堪えますが無事13時12分に登山口へ出て右折になります。スノーシェッドの温度計は28度、左下の清流を見ながら少し増えて7台の待つ駐車場には13時20分の到着でした。


 参考 国土地理院旧25000分の1地形図「」
     会津百名山ガイダンス

 
やっぱり花の時期の100名山「会津駒ヶ岳」は超満員でした。第二希望は同じく再訪の三岩岳ですが、しぼれには宿題2つが残っています。よって7月15日前後の再訪のストックに戻しました。そのひとつはハクサンコザクラですがいい時期に当たればいいのですが・・・。


        GPS軌跡図(カシミール3D使用)
 
 (黒線を通ったはずなのですが、途中で軌跡がとんでもない方向を向いています。買い換えサインですかな。)
 この地図の作成に当たっては、国土地理院長の承認を得て、同院発行の数値地図25000(地図画像)及び数値地図 50mメッシュ(標高)を使用した。「承認番号平23情使第678号」
 この地図を第三者がさらに複製又は使用する場合は国土地理院の長の承認が必要です。



     15年前の山日記から

 1999年の7の月、巷ではノストラダムスの予言でやや馬鹿騒ぎのなか、単身赴任も満期を迎えてしまい、引っ越し、あいさつ回り、不祝儀と重なって塩原詣でも8月になってしまった。某漫画雑誌によると、1999年08月12日がグランドクロスとやらで地球が危ないという。そんな中で8月7日に塩原に到着したが、前日の余韻というか二日酔いで何もする気が起きなかった。

       
山頂から
  

 1999年の8の月、翌8日のことである。体は山の頂をめざしており、いつものとおり貝鳴山を過ぎるまで行く先が定まらない。頭の中は田島の果実農家が渦巻き、那須連峰ではまだ登っていない大倉山・三倉山となっている。しかして体が向かっているのは尾瀬の最高峰だがちょっと遅い。いつもの三差路で急きょ左折し舘岩村方面へ、伊南村の三岩岳である。いつものことながら無計画といえそうだが、そこはどっこい、ちゃんと下調べは済んでいる。

 9時登山口到着、栃木ナンバーの夫婦がこちらを見ていたがすぐに登山口の方に消えていった。我々も後を追うように登りについた。道路に張り出したコンクリートの上を歩き、右に梯子が見える。これを登って雑木林の中に潜って行った。沢沿いにひと歩きすると右に方向変換し、鉄製の橋を渡り、尾根の右を巻くように登山道を行く。
 
 約1時間で前の夫婦連れ(地図も持たず、何時間かかるかも知らなかった。)を抜くことになった。ちなみに彼らはここで帰りの登山者から「頂上まで3時間」といわれてガッカリしていたようだ。分岐手前で座り込んでしまったPさんがすぐに復活、分岐まで来てひと休みです。

 分岐から急坂となり、木々の切れ目にめざす「三岩岳」が見えてきた。途中から林層も変わり約2時間で三岩岳避難小屋の立派なログハウスに到着した。小さな湿原を通過する頃には丸山岳に至る稜線が見える。ひと登りで頂上である。西側は灌木で見えないが反対側は遮るもののない眺めが続く。しかしながら、午後になったせいか南の会津駒ヶ岳は雲に見え隠れしている。我々が最後らしく大休止の後、避難小屋まで誰とも会わなかった。

 その後男性2名組に出会ったが、装備からして避難小屋で一泊し翌日窓明山に向かうのだろう。分岐点に来て往路を戻る。直進は木の枝で尾根筋の道を封鎖しており、沢筋が危険の場合のみ通るよう表示されていた。

 登山口には4時15分の到着である。車は自分のも入れて3台、栃木ナンバーはなかった。

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