伊釜山(280m級)
 
ボランティア役職業務の引継ぎも無事終了
午前中のPさんのお付き合い作業(お買いもの)も終わり・・・。
ぽっかり空いた午後の時間はチョイ山歩へ

 
伊釜山方面
 2013年05月29日のお山めぐりは古賀志山麓にあるという伊釜山(いがまやま)の探索です。

 新しい山名はいつもお騒がせネタで御迷惑をかけている「栃木県の中世城郭」さんのページから知った伊釜山で城郭ではないかと探索中でした。
 
 ネットを手繰ってみると2つのページで紹介されていますが、場所は定かではありません。城山西小脇を入り、市営駐車場前で農作業中の女性から情報収集、詳しくはわからないが「@駐車場先の舗装路を右へ進んで行く。A刈払いされている。B簡易鳥居が立っている。」とお聞きしました。

 市営の登山者駐車場に車を止めて13時50分に出発、すぐ右の未舗装路を入ろうといすると件の女性からお声がかかりました。その先とのことです。よってすぐ上の右に入る舗装路を選択、8分で右下から登ってくる尾根を分断する地点で左上に明瞭な踏み跡を見ます。

 辺りを見るに右の小ピークには薄い踏み跡がありますがこちらはパスして左上に登ってみると、よく手入れされた尾根には踏み跡が続いています。尾根が細くなって左下から作業路のようなものが登ってきて合流、反対(右・東)側には微妙な凹みが見えますが道のようなものは見当たりません。少し登って左右にVゾーンらしき凹みがあります。

     
取り付きの踏み跡    少し上の凹みはV字ゾーンだろう          
  

 さらに登ると正面の尾根に続く踏み跡と左右に幅広い踏み跡?が分かれていました。まずは右に進んでみました。幅広道状の平地が途中から登りになると右側が盛り上がり浅いV字状を形成しながら、左に方向を変えて尾根に復帰、尾根上の踏み跡を越えて少し下ってから左に方向変換です。さらに南に進んで下りになってから途中で左(東)に方向変換し、往路の地点に到着でした。要はピークを一周したわけです。

     
上に登って左は      右に進んで登りに  西側へ下って南へ方向変換
    

 今度は尾根を辿ってみることにしました。一段上がると同様に左右に平地が回り込んでいます。さらに上に進んで左半分が段差を構成していました。山頂はほぼ平坦、左側に細竹と御幣で結界を作っています。

 奥の292m評点へ向かうと段差、続いて先ほど右から左に横断の段差を通過します。少し登りになって微妙な凹凸、左右を見れば浅いV字ゾーンを形成しているようです。

     
2段目の様子         山頂の結界付近にて
  

 その先は細竹に縄と御幣で作った鳥居をくぐって舗装路へ出ます。どうやら先ほどの女性が案内したのはこちらからだったようです。舗装路を左折、見覚えの登山道を見て、14時26分に駐車場に戻った時にはポツポツ雨が降り始めていました。

 参考 国土地理院旧25000分の1地形図「大谷」
     Mt.masaoさんの「Mt.masaoのブログ」のページ
       「伊釜山の歴史」
     「Aちゃんの舌代日記」のページ
       「古賀志伊釜山(いかまやま)整備ボランティア募集」
 
          GPS軌跡図(カシミール3D使用)
     
 この地図の作成に当たっては、国土地理院長の承認を得て、同院発行の数値地図25000(地図画像)及び数値地図 50mメッシュ(標高)を使用した。「承認番号平23情使第678号」   
 この地図を第三者がさらに複製又は使用する場合は国土地理院の長の承認が必要です。
         

 
上記ブログでは古賀志の名主北条氏の住居跡とのことですが、なんとなくお城っぽい感じが濃厚の尾根末端の小さなピークひとつを終了しました。

 追記
 5月31日「栃木県の中世城郭」管理人のmasakiさんの御調査により城郭であることがわかりました。

 
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