御殿司山(170m級)

強風予報でお城探しに変えたS&P
2年越しにやっとその場所を探し終えることが・・・。


 池越えで御殿司山
 2019年02月04日のお山めぐりは那珂川町の小さな地形図無名峰「御殿司山(おてんじさん)」です。

 和見字塩田の道路そいで2人の地元女性から情報収集、池の南西の台地が野手平、池の南東のピークが参考書籍でいう「御殿司」とのことだ。 

 池の北側の丁字路路肩に駐車し、10時51分に南に下る。野手平の北面は東から西に沢が流れ、野手平側は90度の崖となっている。登り切って左上の墓地辺りが野手平とのこと、その先はほとんど平らな畑になっていた。

     野手平へ      野手平  ↓御殿司山   ↓南端の神社
  

 まずは左上のピークを目指す。参考書籍でいう「東北には人工的に作られたという御殿司と呼ばれる山」で、畑地から雑木の斜面を直登、右下そして左下から道型が合流し、左上に尾根上を登る。ピーク近くで左右に分かれた左を選ぶがすぐに消失、藪なし倒木のみの御殿司山には11時〇4分の到着だった。

     西峰にて       東峰は廃アンテナが
  

 北向きの馬蹄形の東と西にピークがあり、両方踏んでから往路を引き返し、野手平の中央を東西に2分する未舗装の道路を南進する。道が右に曲がる少し前で台地の東南端を覗くべく左に進む。畑の先はシノダケ藪の急斜面が落ちていた。

    台地中央の道       東南下は
  

 中央道路に戻って南進、クランクして南に進むと右に墓地、さらに南は一段低い削平地で右に古いお社があった。これが五位様と呼ばれる木造が祀られる白鶴神社だろうか、中は空だった。

  南端にはお社一基        南の沢から台地の南端
  

 南に参道と思える踏み跡を下ると平地に出た。東から南に険阻な崖を伴う沢、西側は久那側の本流が流れている。進行中の構造改善事業で本流の位置は地形図と異なっていた。本流沿いに野手平西の端を北上してみることにした。

 地形図の本流と交錯する地点で野手平北部から西部を下る沢と合流し対岸には渡れなくなったので、右上に沢沿いに登る。地形図に遭った実線路は構造改善事業で消失か?、右上に登る農道?の細道を登っていくと往路の未舗装道路に飛び出した。

 
   沢沿い北上          道がないので右上へ
  

 おあとは左に未舗装道路を戻る。墓地脇を下って右に池をみて登り返しの途中で情報を提供してくれた女性とスライド、お礼を申し上げて今日のお散歩終了でした。結局、空堀はわかりませんでした。

 所要時間は46分、眺望のいい野手平の台地、小藪の小さなピークハント兼城郭探索のお山歩でした。

 参考 国土地理院電子地形図「下野小川」
     馬頭町の民話「和見の野手平」

 書籍名は忘失だが、前の情報は「和見の塩田の荒神平」だった。参考書籍から今日の野手平となった。その面積は3反5畝、しかし、空堀は確認できず消化不良の城郭探索になった。でも御殿司山の山名とピークも極めたし、まあいっか( ´艸`)
 
 GPS軌跡図
  (カシミール3D使用)

「この地図は、国土地理院長の承認を得て、同院発行の電子地形図(タイル)を複製したものである。

(承認番号 平27情複、第236号)」 
 

 +アルファでもう一か所、那須烏山市の小志鳥砦を歩いてきた。杉林と雑木の境目の登り、帰りは横穴群を見学して戻る。小藪が立ち、少々手入れが必要か?でも遺構は明瞭に残っていた。

     小志鳥砦          横穴群         GPS軌跡図
   

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