成功山・御富士山

① 成功山(273.7m)編
② 御富士山(274m)編


週末は強風と雨模様で東北方面は×
狛犬さんめぐり + 心残りのピークと気になる古地図のピークへ


 ① 成功山(273.7m)編

 成功山は再訪だが、栃木273山を終了した時に再訪するつもりでいた。終了が2006年だから10年以上経ってしまった。

石祠の成功山へ
 2017年のお山めぐりは再訪の成功山です。

 成功山の西にある集会所から11時55分に出発、左に記憶のあるゲートボール場を見て草ぼうぼうの野球のグランドを奥へ向かう。

 成功山(せいこうざん)の案内板を見て伏木の階段道を登る。平らな山頂に出て左に石祠と「成功山」の文字の石碑がある。昔々の2000.04.01には「○」の中に「み」の字が入った名板、白地に成功山の緑の文字の名板があったが、現在は何もなかった。

 案内板の「成功山」はここなのだろうか?参考ページの「今昔マップ」さんでは三角点の右上に「高山」の文字が見える。地形図は三角点のあるところを成功山としているのでそちらも再訪しよう。

    
グランド奥へ   伏木の階段を     ピークの石祠
  

 案内板の場所に戻って、東に幅広い道形を進む。傍らでヤマボウシが白い花をつけていた。道は建物敷地の手前で左に曲り、舗装の丁字路に出る。直進は下ってしまうので右だ。緩く登る途中で草取り中の女性に挨拶し、地形図上の成功山に向かう。(女性から山頂は伐採されていると聞いた。)

 山頂近くの丁字路は直進、舗装路は途切れて作業道らしきものが緩く左に曲がって登る。頃はこの辺りか、左を見ると三角点が目に入った。辺りを見渡すとSHCカワスミ氏の板はなく、山部さんの板が目に入った。今日の目的その1は終了した。

    分譲地へ      右の登り道へ  山頂の名板は一枚
  

 帰路は往路を忠実に戻る。無人のグランド、ゲートボール場を見て駐車場所には12時21分の到着でした。


 駐車場所(0:05)石祠のピーク山(0:09)成功山(0:10)駐車場所

 所要時間は26分(歩行24分)、再訪の地形図のお山でした。

 参考 国土地理院電子地形図「黒磯」
     今昔マップ

    GPS軌跡図(カシミール3D使用)
   
  「この地図は、国土地理院長の承認を得て、同院発行の電子地形図(タイル)を複製したものである。(承認番号 平27情複、第236号)」


         ≪成功山の説明板から≫
成功山
 
かって那須野ヶ原は水利に乏しく、作物の実らない不毛の地であったが、明治に入り公爵などの爵位を持つ華族らの活躍によって那須野ヶ原の開墾の機運が高まり、国営事業として那須疎水が開かれた。
 那須疎水の開通により那須野ヶ原の農業は飛躍的な進歩を遂げ、その結果人口も増え、那須地域の開発が進められることになった。
 那須野ヶ原の開拓に尽力した華族の一人である鍋島侯爵は、鍋島農業の広大な土地を鍋掛村に提供し自作農創設の契機とした。
 提供された土地の一部を公園としたのがこの成功山である。
 成功山の敷地内には鍋島侯爵の功績を称え、鍋島農場解放の記念碑が建立されている。

   平成二十六年三月 鍋掛地域車座□議運営委員会
             (「□」は左側「言」の右に「点?」の文字) 


 今日の目的その2、成功山の石祠には狛犬はいなかった。


 ② 御富士山(274m)編

 参考ページの「今昔マップ」さんから那須塩原市越堀の274m標点ピークの傍に「富士山」の名、狛犬探索の合間に探索することにした。

東から
 2017年のお山めぐりはお富士山とした。

 同山の東から西進する農道に車を停めて出発、麓の杉植林地に入る。

 すぐに左が植林地、右がモウソウダケの斜面を登る。最高点はモウソウダケの林の中にあるが石祠などは見あたらなかった。

 
   ここから西へ     斜面を登る       山頂
   

 帰路は往路を戻る。車に戻って反対側で農作業中のご婦人から情報収集、地元は「おふじやま」と呼んでいるとのことだ。

 所要時間は10分、今日の目的その3の山名の確認及び登頂は終了した。((´∀`)) なお微妙な凹凸は皆無だった。

 参考 国土地理院電子地形図「黒磯」
     今昔マップ

      地図(カシミール3D使用)

  
  「この地図は、国土地理院長の承認を得て、同院発行の電子地形図(タイル)を複製したものである。(承認番号 平27情複、第236号)」

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